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③泣き場所カフェの創造1

 関わりのあった少年が列車に身を投げてから思う。

 泣き場所があれば、彼は今も生きていたかもしれない。

 そう思うと、自分の不甲斐無さを悔やむ今日子。

「障がいがあっても自分らしくできるだけ自由に生きる方法を模索し実践した人やったね。それを支える多くの人を募集しようと考えられたわけやろ。すごく前向きで本当の意味で頭もいい。生命力に溢れた生き方やった。支えているつもりのボランテアも、反対に支えられる事もあるんやね。」

と三人で先ほど見た映画の感想からはじまっていた。

“こんな夜更けにバナナかよ”を見たあとすがすがしくていい気持ちだった。

 障害と書かないのは、害をあたえる人ではないというこだわりからで、障害者と書くのは偏見をもたらす差別用語であると、友達の広さんが教えてくれたからだ。広さんは、元中学の国語の教師で、受け持った生徒の非道な仕打ちがきっかけで心を病んでしまった。今はほぼ寛解状態を保っているらしい。そして、今日子の書く小説に応援をしてくれる文筆業を目指す仲間である。彼も様々なものを書いている。大抵、哲学書と呼びたいものや音楽好きの人向けの書が多いと感じていたから、ずけずけと「食べ物の話とかをテーマに書いたら読み手が増えるのに。」などと今日子は提案する。すると、いつも対等の扱いをしてくれる人なのだ。

 再び映画の話題に戻す、“十二人の死にたい子供達”という映画の上映予告のチラシをかずちゃんはもらってきていた。今日の映画とは打って変わって重たいテーマだと思った。

「私は遠慮したいかも、それ。ま、どんでん返しがあって、ハッピーエンドものかもやけどね。映画も小説も後味が悪いのいやや。」

「そういえば死にたい子供…」今日子は、先日から気になっていたあの少年の自殺についても打つ手があったのではないかと友人二人に問いかけた。

 泣き場所を経営するとしたら、どんな場所がいいのだろう。いいのだろうとい言うより、どんな場所なら経営可能だろう。

 理想の泣き場所について言いたい放題のバトルを“バナナかよ”の映画を見た友人とし始めた。今日子にとっては、理想というより、実際やっていけそうな現実味がないといけないと思っていたから、理想とは少し違う視点を持って臨む。もし自分の余生と家族の理解と無借金でやれそうなら、経営したいとも思いはじめているからだった。

今日子「とにかく利用者に余計なことを言わない聞かないルールのカフェでいいかな。季節のお饅頭とかお餅くらいはある。」

「ドリンクはコーヒーくらいでいい?」

「ジュースもいるかな?こどもの利用者が多いかもやし。」

そう今日子が言うと、

「いらっしゃいも何も言わんわけ?気持ちわるー」

とかずちゃんが問う。

“十二人の死にたい子供たちの上映予告のチラシ”を貰って来た彼女だ。

「いらっしゃいませ。はちょっと違う気もするけど、入ってこられたら、会釈くらいはする。」「お天気いいねとか、寒いねとか、暑いねとか、気候のあいさつをするくらいはいいか。」

「とにかく私の言いたいのは、泣いている理由を聞かないでおこうという方針や。時期尚早に適当になだめて分かりもしないでお節介な発言をしたら、存分に泣かれへん。納得いくまで泣きたいのを止めたらあかんと思うのや。」そう今日子が答えると、

「何も言わんなんて、気持ちわるー」とかずちゃんが再び返した。

「いらっしゃいませは場にあわないやろうけど、挨拶くらいの言葉はかけないかんか…。泣きたいだけどうぞ。とか…」と今日子。

「ほんで、いきなり泣けって言うわけ? はあ?それはあかんわー。」とかずちゃん。

「そうかなー。何で泣きたいのって、途中で声かけられたりしたら、うざったいと感じへん?それもあかの他人さんにやで。教室では、仕方なくなだめたりしているけれど、ここのカフェは、泣くためにつくるんやから、思いきり泣かしてあげたい。」と今日子の反撃。

すると信さんが、二人の顔を交互に見ては、首をかしげながら「どっちの場合もあるんやな。これ。」と言う。

 そうして三人のおばちゃん達による“泣き場所”についての文殊の知恵の輪の輪郭ができた。その輪は三人で「こんな夜更けにバナナかよ」の映画を見た直後の雑談からはじまった。

 かずちゃんは不満げにこう言った。「聞いてやったらいいやん、話。」

「いや充分泣いて気が済むまで泣いて、自分から聞いて欲しいて言うてきたら聞くのもありやけど、聞く側にも重荷やで。」

「わあ、薄情…」

「そんなんやったら、何の店かわからへんやない?」とかずちゃん。

「大丈夫、外の看板に、“泣き場所”やって大きいに掲げる。店の名前を“泣き場所”にする。“涙の限り”とかもあり。」「とにかく来店一回目には聞いたらあかんのや。こだわりのルールは私が経営者やから譲られへん。」と強気の今日子。

「それでは、メニューは? コーヒーとか出すわけ?」と信さんが問う。

「うん。コーヒーあり。他にもドリンクと簡単な定食とか、おやつ。」「他にハグとか握手。とかも入れるか?」と今日子。

すると、かずちゃんが「あ く しゅ ??そんなにお金とるん?はあ?」

「握手百円?うーん五百円?」と今日子は真顔で答えた。

「高かー、そんなんで金取ったらあかんわ。」とかずちゃん。

信さんはいつも慎重に意見を出す性格で、また首をひねった。

「いやー、でもー、充分泣いてすっきりして、進む方向とか目標とか定めた時に握手で応援してもらいたいと思うもの私。」と今日子

「でも、こどもでお金のない子も救いたいからそこは考える。」

すると、今度は信さんが「何かで聞いた、ボランタリーなたこ焼き屋さんの話なんやけど、こども好きのオーナーが貧しいこどもの為に、代金を入れる箱を作りはったんや。中身は見えへん箱。箱の上部に手首の入る大きさの穴が設けてあるらしい。本当は、お金の無い子にはこっそり只でいいよと言ってある。けれど一緒に来たお金の払える子供の手前、貧乏していると気づかれんように工夫したんや。

「じゃあ只にしとき。」とかずちゃんがまた言う。

「あかん、経営とは、そんなんではできへん。空間提供するだけでも経費は発生する。そこを甘やかしてあいまいにしたらあかんと思う。

 例えば、親が忙しい中、努力しているのに貧しくて余裕がなくて、うまく愛情が伝わらへん。養うためのお金と時間が足りん。そんな事がわからんと泣いてる子供には自覚させる必要がある。

「生きていくには、お金は必要や。工夫したら、作れることを教える。たとえば、オーナーの肩もみしたらマイナス百円とかメニューに書く。それでも払えん子には、大人になって働きだしたら返してね。みたいなルールを作るのはどうや。」

「きびしー。けちやなー。」とかずちゃん。

「違う、つまり大人になって分別ついて、借金返すことができるまで死んだらいかん約束やんか。」と今日子。

「あは、死なせへん足止め料なんか。それ。」と信さんはちょっと感心してくれた様子。

「うん。ふみとどまってもらう。そら、すごく死にたいやつは、そんな所の借金など気にも留めんかもやけど、中には昔、泣いて悔しかった事、悲しかった事を晴らした時と場所を思い出してくれそうやろ。もう一回あそこで泣いてから考えよとか。」

「イメージとしては、そこのオーナーは、手がすけば、いつも店で、編み物をしている。毛糸で10センチ四方のモチーフを編む。すると肩がこるんや。それで、お金がない子は、肩もみとか10分したら100円もらえる。こんなんでどうや。」と今日子。

「わたし、そこ手伝う。そして、話聞いてあげたい。」とかずちゃん。

かずちゃんは、悩みのわけを聞きたいと、まだこだわっているようだった。

「うーん、そんなにかまいたいん? 聞くタイミングが大事やおもうんやけど。」しかし、今日子はかずちゃんのしぶとさが嫌いではない。むしろ、視点が妙に違うところがいつも面白い。

「わたし、わかるもん。」とかずちゃん。

「何が?」と今日子。

「どうしてあげたらいいか。」とかずちゃん。

「何で?なんで?わかるん?」今日子と信さん。

「わたし、このへんにお姉さんがおってんや。」と胸の上あたりの宙に小さな円を描いて、かずちゃんが答えた。

「自分がピンチに陥ったかなと思うとき、お姉さんが出てきて、大体三通りの進み方を提案してくれる。それで、その中の提案を選ぶと、不思議と乗り切れる。」

「いつから、お姉さんがおってんを自覚したの? それって守護霊かなー。私は見えないけど。そう言う類の本読んだ。左肩に止まっているのが見えるという精神科の女医さんが書いた本。」と今日子。

「幼い頃からおってや。」かずちゃんが答えた。そして、かずちゃんは幼い時代の苦労話をはじめた。

 その話は、今日子の体験よりもずっと過酷に思えた。それでもかずちゃんは、落ち込む事はあっても、明るく逞しく生きている。

「親の人格が悪いせいにして、自分を見失った生き方はしたくないと思っていたから。」と。

「いつからそんなに悟っとったの?」

「小学生の頃から。」

「すごいなー。早熟。何して悟ったの?」

「本読んだ。」

「どんな?」

「マウスの実験、三匹のマウスにそれぞれ違う試練を与えた結果、あかんことだけやなしに、良いことも其々に身につくんや。そんなお話。」

「ほう…」と信さんと今日子はかずちゃんに感心して、この日はお開きとなった。

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