④泣き場所カフェの創造2
“わかるもん”の採用
かずちゃんが「話し聞いてあげたい。わかるもん。」とこだわってから、一週間ほど経った日に、テレビのニュースを見た。学校で受けた苛めを契機とした、母子の心中事件についてであった。児童の泣き場所はお母さんだったということなのだろうか。母親は、どうして死を選んだのだろう?
わが子の苦しみを深く理解したから? でも、生んだんだよ。育てようとして生んだはず。この現実を否定するほどの苛めにあって対策を打とうとして翻弄され、思考が狂ったという事なのだろうか?こんな分析をする今日子。
この前はお節介に感じた「わかるもん」は必要なのかなと思いはじめる。
かずちゃんに近いうちに出会い、「わかるもん」を採用の方向で相談しようと考え直した。
かずちゃんが、今日子の休日に家へやってきた。この日は、久々に文集日記の交換をした。かずちゃんの提案で去年の春からはじめていた。執筆業にあこがれる二人が互いに叱咤激励するノートである。
今日子は秋の彼岸花にまつわるエピソード等を書いていた。久々に、かずちゃんが、読んだ感想を書いて来てくれていたけれど、その文章を読んでも、どこを評価してくれたのかがわかりにくいので、自分の文章を読み返した。今日はすでに年が明け、二月のはじめである。
かずちゃんは、介護福祉士を目指して、ここ数ヶ月勉強に励みながらデーサービスのパートやら飲食店のアルバイトをしていて多忙になっていた。それで交換ルールを自らサボった。毎月月末までに、作文を書いてお互いに交換しようと彼女が言い出し、今日子はその忙しい提案をしぶしぶ呑んで約束を守っていた。
「泣き場所にやっぱり、“わかるもん”が必要かも!」と今日子。
「じゃあ、週三日頑張るわ。」とかずちゃん。
「着ぐるみ着たほうがいいかな。」とかずちゃんは言い、かわいいタヌキみたいな着ぐるみの絵を描いた。ドラえもんみたいな大きなポケットがおなかのあたりに描いてある。そのポケットには大きく「わかるもん」と書いてあって、利用料はそのポケットに入れてもらうのだそう。
その描かれたタヌキみたいなのは、肩の辺りに届く大きな風船か団扇を左手ににぎりしめている。その円形の中には「きみの気持ち話しかけて」と書いてある。かずちゃんは実に簡単に描く。描くすばやさというか、ひらめいてからのてんぽの良さが心地よい。打てば響く。“わかるもん”の本来の仕事でもすばやく良い知恵を提案してくれそうだ。これは期待できる。しかし、このタヌキを見たら、笑って泣けないかも知れないとは思った。
「でも、かずちゃんは、生身の体だから、週三日と決めてしまったら、辛いかもよ。来れる時だけにしたら。」
「じゃあ、予約制にする。」
「ほう。予約制ねえ。」
「けど、泣きたくなった時に店を利用できないのではと錯覚させる。ちょっと問題。」
すると、かずちゃんが、反論する。
「例えばやで、難しい所に癌ができたとして、名医にオペしてほしかったら、予約するやろ。ほんで、仕事も学校も休んで行くのと違う?」
「確かに。でもそれは、すでに泣いた後、方針を固めてからの話やと思うけど。」
「話かえるけど、泣き場所の設計図を描いてみたので見て。十畳位のスペースで角が一個あるクオーター型のケーキみたいな建物にする。
角にオーナー席がある。その角の壁を背にしてオーナーが座る。オーナーは編み物をしながら利用者を見守る。
その前に小さなクオーター曲線のカウンターがあって、簡単なキッチンスペースにもなっている。そこから部屋中が見渡せるように放射状に通路を四つ、利用者の席はクオーター円の端に向かって三つ。其々の席の入り口にはカーテンがある。入り口から奥に向かって1メートルの間仕切り壁、続いて本棚や収納棚があり仕切られていて利用者同士は干渉できない。」
「また、オーナー席の前に設けたクオーター型のカウンター席の向こう側には椅子を5脚置く。その5つの席の何れかに“わかるもん”が座る。そこは個室にはなっていない。“わかるもん”は、利用者のリクエストがあれば、個室状のところに移動して話を聞く。とこんな感じ。」
「あっ、個室状になった利用者席には手鏡と小さな机と椅子が置いてある。」と今日子が一通り説明を終えた。
「鏡なんて、何でいるん?」とすかさず、かずちゃんが聞いた。
「泣いたあとにお顔直しとか、あえて笑ってみるとかするかなーと。」今日子が答える。
「お化粧直しは洗面所でしたらいいやん。」とかずちゃん。
「あっ、トイレ作るのを忘れていた。」
「あかんやん。」すかさず、かずちゃんに突っ込まれる。
その後二人はランチブレークしにカレー屋に出かけた。久々に専門店のカレーを食べた。家で作るのとは一味違う、まねのできない味に満足した。
食後は、店を変えて、マックコーヒーを飲みながら現実の職場の話や介護福祉士の試験問題の話になった。かずちゃんが実際に先日受けて来て苦戦したという試験問題を見せてくれた。例を示しながらぼやく。今日子もそれを読んでみて、引っ掛け問題が多いと感じる。
「二時間×2の四時間の試験やって、長時間で、頭が後半おかしくなるんや。帰ってから読み返したら、こんなんわかったはずのも間違えた。それで、昨日は落ち込んでいたけど、今日子ちゃんと今日会う約束していて良かったわ。ちょっと、気が晴れてきた。」
彼女は介護福祉士の試験勉強に追い込みをかけるために、アルバイト先を三週間前にやめていた。収入が減って大変なら今日子のパート先もスッタッフ募集しているよと言ったら「試験の後落ち込んで、まだ何にも考えられない。」と言った。
「でもギリ合格しているかもや。合格して処遇のいいところが見つかるといいね。結果はいつわかるの?」
「三月」
「三月か、私の文学界新人賞に昨秋応募した結果もそのころわかるから、両方の結果がそろったら、応援してくれている広さんも誘って反省会か祝賀会か知らんけどやろう。」と今日子。
「生身のわかるもん」に搭載されたはずのお姉さんは、試験の答えまでは、これが正解やとは言ってくれないらしい。夕刻になり、二人は其々の家庭へ戻り主婦業をするために店を出た。
わかるもん二号ロボット
かずちゃんの“生身のわかるもん”の他に、人工知能を持つ“ロボットわかるもん”の採用もいいかもと閃いた。生身のかずちゃん“わかるもん”は、自らカウンセラーとして立候補するだけあって、人柄もいいし分析力もあるが、機械のタフさには無論勝てない。“生身のわかるもん”は長時間の拘束が苦手で思考停止すると見た。
“ロボットわかるもん”は、何度同じ内容で、ぼやかれても、面倒だとは感じない。
「ええ加減、その話し聞き飽きた。」と怒鳴ったりはしない。
長時間拘束されても、冷静に答えを出してくれるに違いない。
すでに、認知症の利用者さんが多い介護施設では、ロボットに心を救われているお年寄りがあるのをテレビ番組で紹介していた。
そこのロボットは利用者ごとの会話の内容を記憶していて、其々の利用者の喜びそうな関心事を探る。そこから更に発展させて、新たな興味の対象を探し出し話題として提供していた。
“わかるもん二号ロボット”は、心を持たないけれど、悩みの原因を見つけ出し、最適な協力機関に連携したり、お勧めの本を選んだりしてくれる可能性もありそうだ。なかなかの名案かもと今日子は思う。