⑤建築見積もり
泣き場所の設計図をもって友達の工務店さんに見積もってもらう事にした。泣き場所の経営は無借金で始めたい。
三十年掛けてパートで細々と蓄えた貯金は500万円足らず。
建築費は300万円くらいに抑えたい。開店してからの光熱費や、備品、図書、“わかるもん二号ロボット代”にも置いておきたい。
場所は夫の所有する土地がある。周りの環境もまずまずの田舎風景だが、本来はどういう場所がふさわしいのだろう?
田舎の田園風景は、癒される。山と言うには低すぎる丘も近くにある。となると建物なんてなくて好いのかも知れない。
一人丘に駆け登り、誰にも邪魔されずに泣ける。泣いている途中に、雉やら、ふくろうなど山鳥の鳴き声が聞こえてきたら、つい輪唱相手になりたくなって、泣いている理由が鳴いている理由に変わるようなこともおきそうだ。
だとすれば、泣き場所建築が必要なのは、むしろもっと都会と言うことになる。
もし小説家デビューの夢でもかなって、印税で暮らせるようにでもなったら、そこも視野に入れよう。妄想は膨らむ。かずちゃんが描いた“わかるもん”の絵が握り締めていた円形の風船のようだとも思った。膨らみすぎて割れない程度に期待しておこう。
「“わかるもん”、今日子の夢はかなうでしょうか?」
工務店の見積もり額は思っていたより高い。
新建材でまかなうしかないか?
理想は天然丹波材を使いたい。ボランティアを募って、わが裏山の檜を伐採してログハウスというのもありだと思うけれど陣頭指揮を執るには膝が歳を取りすぎていて、ちょっとハードルが高い。しかし、「こんな夜更けにバナナかよ」を見て一度は上がったテンション、ボランティア探しもやってみないと分からない。
その前にログハウスについて調べる。
ネットで検索。実に素敵な風貌。盆地の丹波にもピッタリ納まりそうな佇まいにうっとりする。
人手が入らず何年もほったらかしにした山には間伐したい杉や檜が余るほどある。しかし、建てることよりも、メンテナンスが大変らしい。建築から2、3年後に再塗装、そのあと5年から10年毎に再塗装とくると、還暦近い自分の歳を考えてしまう。一次ボランティア募集だけでは足りない。結局決断できない。息子達の顔色を気にしてしまう。これも、小説家で印税収入の夢次第にしよう。夢をみるのは勝手だから、まあ楽しもう。
さて、資金ギリギリ、妥協もして、前に描いたクオーター型の設計図にトイレを加えて見積もってもらった。男性用、女性用、しょうがい者とベビーシッター用を兼ねた合計3つを泣き場所部屋の外に付けてもらうことにした。
トイレを部屋の外に付けるのは、自殺防止のための監視ができないから、迷ったけれどトイレまで見張られているのもいやだろうし、宿泊施設でもないから、営業時間終了となれば、薄情と言われてもしまうつもりでいる。割り切りも必要だ。
「うん? そう言えば営業時間はまだ決めてないな。時間帯はいつがいい?」
「朝、仕事に行くのが怖い。辛い。上司の顔を想像するだけで、気分が重くなる。」
「学校に行くと苛めが待っていそう。行っても無視されてしまう。」
「昼、一人孤独が辛い。病気で引きこもっていて話す相手はいない。」
「昼、仕事先でのパワハラに耐え切れず飛び出してくる。」
「夜、家族が辛くあたる。昼間のパワハラを思い出して眠れそうにない。」
などと独り言を発しながら考えると、「泣きたい時間帯は人様々だよねーどうしよう。“わかるもん”に聞きたい。」
「そら、夜やろ。」と“生身のわかるもん”、かずちゃんの声が聞こえた気がした。かずちゃんは自身の描いたふっくらした“わかるもんタヌキ”とちょっと体形が似ている。
利用者中心に考えると切がない。それならオーナーの気まぐれ営業、開いていたら入れるという事にしよう。
「この店は、オーナーと“わかるもん”の暇つぶし程度で営業しています。」
「オーナーと“わかるもん”の都合を優先しています。しまっていたらごめんなさい。」
「明日の営業は○時から○時までの予定です。」
「今日の営業は○時から○時までです。」
と開店する度に外に掲示するか。掲示板には、“わかるもん”を描いて吹き出しに営業時間のお知らせをしよう。と独り言で納得する。
そんなある日「この前の泣き場所のお話し進んでいるの?」と信さんが電話をかけてきた。
「進めているよ。設計図やら、営業時間やら、“わかるもん”採用やらを決めたよ。」
「そうなの。また是非、お会いして、もっと丁寧にそのお話お聞きしたいわ。」といつものおだやかな口調であった。
信さんの中肉中背の姿が浮かび、品のある整った顔立ちが柔和な笑みを浮かべた気がした。
「次回は三月にかずちゃんと広さんと信さんと私の四人で集まろう。かずちゃんの介護福祉士の試験発表と文学界新人賞に選ばれた著者が発表される四月号が出ると思うからその後にね。」
「うふ、楽しみね。」と信さん。 「妄想がしぼんで、テンションが下がるのが怖い。」と今日子は、はにかみ笑いで答えた。