②章の2 達也と絆バス
達也は幼少の頃から図鑑が大好きな少年だった。最初は働く車に夢中になり、その機能性についてどんどん知りたくなった。そのうち虫の図鑑に興味を持った。そして様々な図鑑や科学の本を読み漁るうちに、車の設計には虫の体の形や仕組み、植物の形や色に多くのヒントが隠されていた事に気づかされていった。
達也は、高校一年生になった15歳当時、丹波市とNPOが協働で募集していた“絆バスの高齢者さん買い物サポート”に携わった。
達也は乗り放題パスで、丹波の昆虫や植物を探索したいと密に考えていた。そして来年のゴールデンウイークやら夏休みに丹波の端っこを探検する夢でわくわくした。
達也は、絆バス実験初日、はじめて、春日町中山鹿場口で下車予定の利用者細見竹生(たけお)75歳と出会い、買い物支援をする。達也もピンクの名札をつけていて野瀬方面月曜担当、井上達也と名札に書いている。柏原高校のインターアクト班に入部したばかりの一年生だ。
絆バスのボランティア募集には、提案した京子が白羽の矢を最初に立てたのがインターアクト班であったため、市の広報で伝わる前から、参考意見をくれていた部活でもある。
達也は柏原町に住んでいる。虫の生態に興味のある達也は、生物班にも興味があったが、2年の足立穂香部長の話が心に届いたからだった。
それは、日本に住む外国人の友達の家族に母国の家庭料理を教わるという企画を成功させた部活紹介の話だった。よくある上から目線のボランティアになりがちな構図を変えている。お互いの絆が深まるいい作戦だと気づきがあった。その発想にとても興味があると思ったのがインターアクト班入部の決定打だった。
応募した達也にとっては、市内路線バス乗り放題のチャンスも魅力的だった。
提案主婦の京子は、高校生の年齢で、他人の視点でものごとを見てみようと努力している彼らに感心していた。例えば、様々なハンディキャップ別に同様のイベントを組んでみる。聴覚に障がいがある人が参加する食事会。視覚に障がいがある人と共にする食事会など、配慮すべき事柄を丁寧に予見して企画を成功させる努力をしている姿が眩しかった。
この日の買い物支援利用者さんは、野瀬行き10名、佐治行き10名、谷川行き5名、篠山営業所行き5名の計30名であった。
試運行初日の利用者は65歳以上で男女比も二対三で女性の利用者が多かった。
達也の担当の細見竹生は、かなりがっしりした体格だが、最近目の調子が悪く、ミルネ近くの眼科に通っているのだという。免許の返納は、妻との生活を成り立たせるために、迷いがある。妻はもともと免許を持っていない。ほんの数ヶ月前までは、竹生と共に月に一度の温泉めぐりを楽しんでおり、竹生の運転で、最寄り駅まで行き、電車やバスで日帰り旅行をしていた。旅先で買い求めた土産食材やら、最寄り駅付近のスーパーで食料や日用品を買って生活していた。しかし、竹生の目に霞みが出だし、白内障の手術を受ける事になっていた。 妻も自分が高齢になり、簡単に調理できるものを選びたくなってきている。そこで、目の快復まで、この支援バスが頼りである。「細見竹生です。ちょっと霞み目でね。食品の表示が見えにくいんだ。家内と二人で暮らしているんだが、大体一週間あまりの二人分の食材を買いたいんだ。家内がメモしてくれているから、これで助けてほしいんだ。」と、竹篭バックから、はがき大の紙を取り出し、達也に手渡した。その紙には、一日目…新鮮なお刺身ブロック 予算1000円、2日目、湯煎のカレー、3日目、肉じゃが用のこま切れ牛200グラム、にんじん3本、あとは卵2パック、牛乳1リットル、焼き魚用切り身、豚バラ300グラム 小麦粉 お味噌汁の具お任せ、果物お任せ、砂糖、しょうゆ(いつもの )あとはお任せと書かれている。
「君らは若くて気にならんだろうが、どこに何があるかを頭上の案内表示板で探すとしても、遠くを見といて、また商品の表示を手元で見るのは年寄ると結構大変なんだよ。特に白内障にやられてからは、困る事が増えてね。」
「家内と一緒に来るのもありなんだが、彼女は膝と腰が弱っていて、かがむのを嫌がるからね。」と言った。
「家内が一時期スーパーの戸配も利用してみたのだが、ほしいものを探して書き込むのはなかなか大変な上に、予想通りには行かないそうなんだ。体調次第で食材が残ったり、何かが足りなくなっちゃうと、ストレスだから、やっぱり随時買い物に連れて行けって言われて、家内のリクエストを叶えて運転していたのだけれど、それも難しくなったってきてね、助かるよ。この支援が、この先命綱になるかも知れない。」
「はい。えっとー、まだ良くわからないこともありますが、その度にお尋ねしながら、お手伝いできればと思います。」と達也は緊張して少しはずかしそうに応えた。『うわぁ 声がうわずっている。やっば!』
達也は高校生にしては、童顔で照れて笑うとえくぼができる、背は高くスラットしていて、女子生徒からも人気があった。しかし、親しくなりたいとちかづいてくる女子生徒は、昆虫の話ばかり聞かされるようになると、いつのまにか達也から離れていくので、まだ特定の女友達はなかった。
きずなバスの試運行結果についてやスッタッフ班編成などについてアンケートもとって、本格的に軌道に乗るのに二ヶ月かかった。ボランティアスタッフさんは一班30人で、曜日毎に班編成していたが、欠員が出た日には、他の曜日でも交代可能だと事前回答してくれたスタッフが埋めるのだ。その連絡等の前日最終確認作業がやっとスムーズになってきた。
そして竹生と達也もほぼ週一回のペースで出会い、次第に親交を深めた。
竹生は白内障の手術後、視力が快復した。かつてのように車の運転も可能で買い物支援は今のところ不要な気もする。しかし達也がまるで孫に思えて、この支援が楽しみになっていった。
そして初冬のある日、達也があることに気がついた。
「味噌汁の具は何がいいかな?達也君は何を入れるのが好きかな?」と竹生が尋ねたのがきっかけだった。
「そうですね、豆腐とわかめは定番だけど、この時期の豚汁大好きです。豚の他に、サツマイモと人参、ごぼう、大根が加わるのが好きです。」
「ほう。豚汁か。うまいなー。」
「でも、細見さんは、お味噌を買った事がないな…」
「はは、気がついたかい。茶豆で自家製のがあるんだ。」「大豆を蒸して、米麹と塩を加えて寝かせる。家内がつくるのさ。」
「へー。すごい。」と達也が言う。「もうひとつ質問です。いつもお持ちの買い物籠は竹ですか?飴色って言うのかな?色濃い茶色だけど。使いやすそうです。」
「真竹で私が随分昔に作ったものだよ。はじめはクリーム色だったのが、飴色に変わってきたんだ。青年団の時分に公民館事業として教わって作ったんだよ。」
「竹を割って、たけひごをうまく作れると、昔はたいていのものが作れたね。今でも虫かごや竹とんぼくらいなら孫にせがまれてたまに作るんだよ。目も手術のお陰で回復したからね。」
「虫かご?」と達也はうれしそうに反応した。「実は、虫の動きとか観察するの俺大好きなんです。来年はバス乗り放題パスをもらったら虫を探しに里山探索したいと思ってこのボランティアに参加しているんです。」
「そりあいい。虫かごを達也君にもプレゼントするか。ハハハ…」竹生は嬉しそうに笑った。
「ところで、竹を切り出すのは秋から冬がいいんだ。」
「丁度今の時期ですね。期末テストが終わったら僕もお手伝いしていいですか?」
「鹿場に来るか?」
「はい。路線バスで。」